Apr 16, 2010

コー​​ルセンターと大変だ。

いくつかのTVの販売や商品のクレームなどの電話時ありますよね。ほとんどのコールセンターが対応しています。時給も高く、待遇がいいのですが、思ったよりひどいです。知ることも、コールセンターで働いている人がいますが、苦情の電話が精神的に辛いものです。私も苦情などの電話したことがあるが心の中であなたが悪いわけではないのに...考えもあります。その逆もありますが....
今販売およびインターネットショッピングシュアは、恐ろしいものがあります。販売の場合は、電話注文が多く見受けられます。現代の若者は、インターネットの普及で、PCと携帯の注文が可能なところがあるが、やや年配になると、やはり携帯電話です。電話です、自分の気がかりなことが直接のオペレータによって知ることができるという安定感も電話注文が大半を占めていると考えています。 TVや新聞などの媒体を介して広告を出せば、電話注文がその時期集中しています。電話回線がどの程度あるとしても、このようにして失われることはありません。そこで不足している電話や深夜などの電話を受けてくける電話代行は非常に重要になっています。昔は電話代行といえば小さな会社と従業員が少ない会社の電話番号のようなものだったが、最近は一気に電話代行サービス事業は、拡充を行っていると思います。
 山田啓二知事と府内の市町村長が行政の課題について意見交換する会議が10日、京都市上京区であった。市町村長からは東日本大震災による府内への影響や原発事故を受けて見直しを進めている府防災計画への意見や要望が相次いだ。
 舞鶴市の多々見良三市長は「『防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲』(EPZ)の拡大で市民の大半が避難対象に。府はイニシアチブをとって対応を」。綾部市の山崎善也市長も「(原発が立地する)福井県からの避難の受け入れなども想定される。(他県との)交通整理を積極的に」と注文を寄せた。京丹後市の中山泰市長は資材不足による耐震事業の遅れについての懸念を示した。
 山田知事は「周辺自治体とも相談して協議を詰めたい。節電や再生可能エネルギー対策についても協力をお願いしたい」と答えた。
 その後、原子力災害対策の体制のゼロベースでの見直しを、国と事業者に強く求めることなど4項目の緊急アピールを全会一致で採択。近く、関係省庁や府選出国会議員らに送付される。【入江直樹】

5月11日朝刊

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 ◇幅広いジャンルごとに展示
 津山城跡の東に位置する津山城東むかし町は、江戸時代の町並みの名残を感じさせる。この「町並み保存地区」の出雲街道沿いに東光会審査員の画家、故・河野磐(いわお)さんの作品を展示する河野美術館が昨年12月、リニューアルオープンした。地域の文化施設のふすま絵を描くなどまちづくりにも貢献していた画家の私設美術館を訪ねた。【檜山佑二】
 河野美術館は02年、江戸時代からの建物を大正時代に増改築した磐さんの生家、河野医院を、当時の面影を残す形で修復し開館した。10年12月、磐さんの養女枝三子さん(61)が、磐さんの「たくさんの作品を見ていただけるよう美術館を続けてほしい」という希望をかなえる形で、台風の時浸水した床下を全面改修した。
 美術館は、磐さんの作品ジャンルごとに展示構成されている。
 【ガラスと人形の部屋】「故人は光るものが好きだった」という、幻想的なガラス食器をモチーフにした作品や人形をモチーフにした作品が並ぶ。
 【人形の部屋】磐さんは戦後、演劇公演のポスター制作や高校、大学の演劇活動に参加。舞台背景や舞台衣装を自らデザイン、制作していた。劇中の主人公をモチーフに、舞台衣装をまとった人形を制作した。その人形たちを展示している。
 【東光展出品の部屋】東光展に出品し、東光賞受賞作品や外国旅行に行った海外の風景や人物、自画像など主に100号の大作を展示している。
 【蔵書コーナー】さまざまなジャンルの書物が並び、丁寧に装丁した新聞小説がある。枝三子さんによると、磐さんはなんでも捨てるということはしないで保存していた。新聞小説を新聞から切り取り、張り合わせ、表紙には自身で絵を描き箱詰めにしたものがたくさんあったという。
 【スケッチ画集】磐さんは、ふる里津山の風景をスケッチし画集「津山郷愁−古き建物と風景への挽歌(ばんか)」に「これは 戦中から戦後、そして現在まで 津山の、主として旧市内の 本通りから 横町へ 路地をぬけて 裏町へ、裏町から 小さな丘へ そしてまた 坂をくだり 歩きまわって スケッチブックに残したもの。我が故郷への挽歌である。それはまた はからずも 自分自身への挽歌となった」と記している。美術館近くのだんじり展示館に、この画集の原画が展示されている。
 画集は他に「外国旅情」「追憶の万里長城」「人形」など多数。
 【ふすま絵】地域の文化施設・作州城東屋敷には、城東地区にある丹後山の雪景色と花々を描いたふすま絵があり、まちづくりに貢献している。
 枝三子さんは「河野磐の業績をまとめ紹介していきたい。作品も1年ごとに模様替えします」と話している。土曜、日曜の午前10時〜午後5時開館。入場無料。津山市勝間田町16。電話0868・23・4285。
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 ■ことば
 ◇河野磐さん
 1920年1月19日生まれ。父は医師の稲太郎、母ちかの。37年津山中学(現津山高)、41年国立京都高等工芸学校(現京都工芸繊維大)卒。42年から美作高等女学校などの教諭。51年退職後東京に移住し、フリーデザイナー。68年津山に戻り美作女子大、同短期大学教授。90年定年退職、名誉教授。02年、生家に美術館開館。11年2月8日死去。46年東光展に初出品し初入選。50年東光賞、91年東光会ベルリン展金賞受賞。東光会会員で審査員を務めた。

5月11日朝刊

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