May 12, 2010
ユーザーの交流やレンタルサーバーに
ユーザーの流れをよくしていくことを第一に考えてみましょう。レンタルサーバーは、人と人をつなぐこともできるでしょう。交流することで、自然と視野も広くなるでしょう。レンタルサーバーの用途はいろいろあるのです。自分だけの世界に浸漬しすぎないように注意しましょう。これらのことが非常に重要です。これで、どこにでもコンピュータがある時代である。ワードプロセッサとスプレッドシートで作成されたファイルを誤って削除してしまうのも人間だからできることができるだろう。 IT技術者は、よく知られていることだが、オペレーティングシステムで正常にファイルを削除しても、本当に削除していないのだ。の表示、削除されたように見せることに過ぎない。これは、削除したデータが大量の処理に多くの時間を要するために心配である。したがって、誤って削除したといって必ずしも悲観する必要はない。データ復旧可能な場合もある。データ復旧のアプリケーションも販売されているための試みはどうだろうか。
バス停留所が近づくと、降車ボタンを押して運転手に知らせ、料金箱に小銭を入れて自動扉から降りる。路線バスの車内で日常的に見かける光景だ。かつて車掌が担っていた業務を機械化し、大阪市交通局が全国で初めて路線バスにワンマンカー(無車掌車)を導入してから今年で60年。当時の技術を駆使して誕生したワンマンバスは、現在のバスの原型ともいえる特徴をすでに備え、各地に広まった。(吉田智香)
市バスの営業開始は昭和2年2月。区間は阿倍野橋−平野間の4・8キロで、料金は1区間6銭だった。まもなく女性の車掌、いわゆる「バスガール」が登場。その後、車掌は女性のみに。市バスは車体の色から「銀バス」と呼ばれた。
戦後になると、市中心部への通勤客が増加し、市民からは「最終バスの時間を遅らせて」という声が上がるようになった。だが、当時の労働基準法では女性の深夜業は制限されていた。打開策として市交通局が打ち出したのが、車掌不要のワンマンバスだった。
降車ボタンや料金箱、運転席に扉の自動開閉スイッチを取り付け、運転手1人で運行できるワンマンバスは、昭和26年6月、阿倍野橋−今里間で走行を始めた。利用客が比較的少なかったため、この路線が選ばれた。当時の料金は1区間10円。珍しいワンマンバスは、新しい物好きな市民の人気を集めたという。
「夜遅い時間帯は運転手のみ、日中は運転手と車掌がセットで乗車していたそうです」。市交通局自動車部の瓦隆志さん(51)は、こう説明する。同年、ワンマンバスは京都と名古屋でも相次いで採用された。
当初は6台だった大阪市のワンマンバスは徐々に増え、28年度には100台に。市交通局は利便性の向上を目指し、42年に「後ろ乗り前降り」の料金後払いシステムを導入。高度経済成長期を迎えて女性の就職先が多様化し、車掌の確保が困難になると、ワンマン化に拍車が。46年には、約1600台の市バスすべてがワンマンとなった。
市バスの利用者はピーク時の39年度、1日平均119万人に達したが、地下鉄網の整備が進むにつれて利用者は次第に減少。だがその後も市交通局は、全車両に冷房を設置し、バリアフリー化の一環でリフト付きバスやノンステップバスの運行も始めるなど、新たな挑戦を続けている。運転手の経験がある市交通局自動車部の宮武浩二さん(51)は「いくら便利になっても、お客さんを安全に運ぶという運転手の使命は今も昔も変わらない」と強調する。
大阪市バスは1日平均23万人を乗せ、今日も大阪の街を走り続けている。
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まちおこしと動物愛護を目的に、滋賀県湖南(こなん)市の市観光物産協会が企画した「こにゃん市議選」(定数6)で、第2位の得票数で当選した元飼いネコのミー(2歳メス)が24日、協会から当選証書を渡され、応募で飼い主に決まった大津市の大学生、青木誉拓(たかひろ)さん(19)に引き取られた。ミーは緊張した様子はなく、青木さんの胸に抱かれ、「ほっこり」としていた。
元飼いネコの残りの当選ネコ5匹も順次、当選証書が渡され、飼い主に引き取られる。
こにゃん市議選は12日に告示され、7匹の元飼いネコが“出馬”した。「ニャニフェスト」(公約)を掲げ、15〜19日にインターネット投票とともに飼い主の募集が行われ、20日に開票された。期間中、1匹が急死したため、残りの6匹が当選した。
湖南市の協会で青木さんと対面したミーは、当選ネコの最年長で落ち着いた様子。青木さんは「顔が整っていてかわいい」と話していた。
今後、こにゃん市議会の開催などが検討されている。
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トビハゼ、カワアナゴ、ヨドゼゼラ…。淀川といえば国の天然記念物、イタセンパラだが、まだまだ知らない魚がたくさんいる。
「琵琶湖・淀川水系には約120種の魚類が生息しています。これだけ多様な種がいる地域は国内では他にはない。魚類を飼育、研究する者にとっては恵まれている」。平成10年のリニューアル後から飼育を担当している大阪市水道記念館管理課長の横山達也さん(44)は力を込める。
阪急・柴島(くにじま)駅からすぐ。赤レンガと御影石が調和した外観が目を引く。国の有形文化財にも指定されている大阪市水道記念館(大阪市東淀川区柴島)。大正3(1914)年から昭和61(1986)年まで旧第1配水ポンプ場だった建物を保存・活用した。
平成7年に市の水道通水100周年事業の一環として水道事業のPRを目的に開館。10年に展示スペースがリニューアルされ、琵琶湖・淀川水系の淡水魚など生物の展示を始めた。飼育する生物は増え続け、併設する飼育研究棟と合わせると、202種、約1万1千に上る。特に107種を数える国内産淡水魚の飼育保有数は全国の水族館施設の中で最も多いという。
展示スペースにある立体的なパノラマ水槽をはじめ、飼育研究棟に並ぶ3段に重ねた水槽。来館者は気軽に身近な環境に生息する魚類などを観察できる。飼育には高度処理した水道水は使わない。淀川の水環境を広く知ってもらうため、ごみや沈殿物を取り除くなどの処理にとどめた水を使う。
「淀川の水は多様な生物の命を支えている。水の安全性を知ってもらうため淀川の原水に近い水を使っている」と理由を説明する。
飼育とともに、貴重な生物を後世に伝えるため横山さんら職員は繁殖にも力を入れるが、試行錯誤の連続だ。
国の天然記念物で、淀川のワンドなど限られた地域に生息するタナゴ類の「イタセンパラ」。10年以上前から人工繁殖を続けているが、近年は近親交配が進んだ影響で奇形種も目立つという。同じく天然記念物のドジョウ科の「アユモドキ」。昨年、人工繁殖に挑戦したが成功しなかった。
「アユモドキは河川や水田の改修など環境の変化で激減したとされるが、ストレスをためることもなく、非常に飼育しやすい魚。ここで飼育している限りでは、絶滅が危惧(きぐ)されているとは思えないのだが…」
水源地の調査に同行すると、比較的長寿のコイやフナ、ドジョウ類では成魚は多いが、稚魚が減少するなど生物の生息状況がここ数年で変化しているケースを目にする。河川改修など水環境の変化もだが、ブラックバスやブルーギルといった外来種の増加も生態系に大きな影響を与えている。
「琵琶湖・淀川水系の多様な生物は地域の遺産。私たちはそれを守らなくてはいけない」。生物の観察を通じて淀川の水の安全を見守り続けている。(加藤浩二)
【メモ】ワンド 川の本流と繋がっているが、河川構造物などに囲まれて池のようになっている地形。水流が穏やかで淡水魚の生息に適しており、水生植物が繁茂する場所は、産卵や稚魚の生息に好条件になる。淀川のワンドは改修工事によって人工的に生まれ、イタセンパラの生息地として注目されている。そろそろマリッジリングホーム
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