Nov 06, 2010

コー​​ルセンターは、外国にあったりする

よく海外ドラマを見るのですが、アメリカドラマの電話のシーンでは、コールセンターに接続するときは、コールセンターでは、米国ではないというのがよく出ます。英語が世界的に広く使用されているため、そのようなことも可能、日本ではありえないかもしれないが、コストの削減を考えて、このような状況で似たようなこともあるでしょう。
今販売およびインターネットショッピングシュアは、恐ろしいものがあります。販売の場合は、電話注文が多く見受けられます。現代の若者は、インターネットの普及で、PCと携帯の注文が可能なところがあるが、やや年配になると、やはり携帯電話です。電話です、自分の気がかりなことが直接のオペレータによって知ることができるという安定感も電話注文が大半を占めていると考えています。 TVや新聞などの媒体を介して広告を出せば、電話注文がその時期集中しています。電話回線がどの程度あるとしても、このようにして失われることはありません。そこで不足している電話や深夜などの電話を受けてくける電話代行は非常に重要になっています。昔は電話代行といえば小さな会社と従業員が少ない会社の電話番号のようなものだったが、最近は一気に電話代行サービス事業は、拡充を行っていると思います。
 昨年暮れの津田大介さんとの対談の際に計算したのですが、仕事をする時間を1日当たり10時間×7日とすると、週70時間のうち、ループス・コミュニケーションズの社長業務やコンサルティング業務に30時間、ブログ執筆などのソーシャルメディア活動に15時間、講演やそのための資料やスライドの準備に15時間、書籍執筆に5時間、ループスで始めたUst番組に5時間といった感じですね。おかげさまで講演の依頼も増え、年100回くらいのペースになっています。

 昼間はクライアントのコンサルティングや企画、取材対応といった仕事をして、家に帰って2〜3時間眠る。深夜は集中できるので講演の準備やブログ執筆を。講演でも、同じ方が続けてお見えになることがありますので、使用するスライドは毎週更新しています。ムービーも多く取り入れ、何度聞いていただいてもご満足いただけるよう常に工夫しています。

 このゴールデンウィークには講演スライドの全面見直しをしました。先日オルタナブログでもリリースして、皆さんからアクセスいただいています。

 1分の中身をいかに凝縮するか、密度の濃いものにするかは常に課題です。DropboxやEvernote、スマートフォンといった業務効率をあげるツールを使いこなすための工夫は、最優先でやっています。これらは長期的に効果があるものですから。忙しいからこそ、効率をあげるアクションを優先していかないと。

●意味のないことが嫌い

 昔から、余計なことや無駄なことが嫌いなんです。会社にとって余計なことの1つが内向きの仕事。会社は外、つまりお客さまや社会に向けて貢献するために存在しているのであって、上司への報告に必要以上の時間をとられたりするのはバカバカしい。うちのスタッフにはそんな時間があったら、眠ったり遊んだりしてほしいです。

 「効率最優先」というと語弊がありますね。有意義な時間を過ごし、ゆとりを持ちたいんです。クリエイティブな発想ってそういう環境で生まれるものですから。ゆったりとリラックスできる時間が欠かせない。だからそんな時間を増やしてもらうために、無駄なものは徹底的に排除したい。ループスでは、組織や業務フローに至るまで、私が必要以上に業務に関与しなくてもいいようにシステムが出来上がっています。物事を効率化するシステム作りは企業経営の上では最初にやるべきことだと思います。

 無駄なものってそこら中にありますよね。例えばお役所の申請書。住所や名前を何カ所も書かされるでしょう? あれ、何の意味があるのでしょうね。あれが国民の時間をどれだけ無駄にしているのか、どれくらいの国家的ロスになるのか、とても気になります。だから自分がコントロールできる範囲では、そういう無駄を一切なくしたいのです。そんな時間があれば、お酒を飲んだり、レディ・ガガの音楽を聞いたりする方がよっぽどいい仕事ができますよね。その辺は徹底しています。

●自分自身でコントロールできることに集中する

 人間を外部の環境に合わせるタイプと主体的なタイプの2つに分けると、僕は主体的なタイプの人間です。主体的なタイプにも2通りあって、ひとつ目は自分がコントロールできることとできないことの区別がついている人。もうひとつは、すべてを思い通りにしたい、いわば「コントロールフリーク」です。

 コントロールフリークで大きな財産を得たとしても、コントロールできないものに対して常にイライラとしているので、一生満足できないでしょうね。そういう意味では不幸な人だと思います。外部環境に合わせる人とは、例えば相手の顔色を見て自分の意見を変えてしまう人。こういう人も自分がなくてかわいそうだなあと。

 自分のできる範囲に集中して、それを最適化していくのが1番幸せな生き方だと思います。僕もそんな生き方を心がけています。自分自身でできることには、集中して最善を尽くしますが、それ以外のエリアで起こる物事には一喜一憂しないようにしています。おかげさまで幸せですが、少し忙しいのが悩みです(笑)

●いたずらっ子、世に羽ばたく

 子どものころはわりと成績は良かったのですが、超いたずらっ子でした。目につくものすべてにいたずらを仕掛けるような、今思うとウザいガキですね(笑)。でも、小学校から塾に通って、中学受験をして私立校に入学し12年も勉強が続いたので、大学では徹底的にエンジョイしました。毎日、大学の反対側にある雀荘に登校して、学校に行くのはメンツが足りなくて誰か探しにいくときぐらい。学生時代だけでヤクマンを40回あがりました(笑)。さらに女の子と知り合うために友人とシーズンスポーツのサークルを作り、彼らと毎晩飲み歩きましたね。

 専攻は……、機械科、確かエンジン系ですが、何を研究したかは今もって分かりません(笑)。そのあたりは、福田(ループス副社長 福田浩至氏 オルタナティブ・ブログで「ショック・アブソーバー」を執筆中)の方が詳しいです。同じクラスで、彼は1番マジメなグループ、僕は1番不真面目なグループを形成していましたが、ある日、麻雀のメンツ探しでたまたま声をかけたのが縁で、それからの付き合いです。

 とにかく大学では“学び”にまったく興味がなかった。きっとなめていたんですね。持ち込み可の試験にHotDogPressなどの雑誌を持ち込んだり、実験レポートを古語的に「それを何かとたずぬれば、こう答ふ……」ってな調子で書いて提出したり。まったくもってふざけたやつだったんです。まぁ、何をやっても「斉藤だからしょうがない」って。

 そんな調子だったので成績は最悪、1年留年して。でもおかげさまで、日本IBMに入社できました。というのも、その年にIBMが2000人という伝説的な大量採用を行ったんです。正直、4年で卒業していたら絶対入れませんでした。遊び仲間が他にも2人ほど、すべり込ませてもらいました。IBMさん、すみません。

 IBMに入社してからは、まじめに勉強しました。大学時代思いっきり遊んだので、逆にがんばれたのかも。でも、入社してすぐに配属されたのは、外国人が半分くらいいる部署でした。僕、英語は苦手科目でしたが、とにかく新入社員が多いので、配属はわりと適当だったような。同じ部に、斉藤徹という同姓同名の新人がいたくらいですから(笑)。

 そんな職場だったので、仕事をがんばっても、英語ができないと評価されない。挫折感も味わいました。本来の仕事で評価されなかった分、ハッキングやコピープロテション破りなどに情熱を傾け、機械語やアセンブラでコーディングしていました。どこかに情熱をもたないとダメなキャラなのでしょう。

 3年目に、開発部門から営業部門へ異動になりました。そのときはラストチャンスと思い、むちゃくちゃ勉強しました。プロジェクトも1番困難でチャレンジングなものを選び、仕事でも評価されるようになり、会社が楽しくなってきました。26歳位のころかな、ようやく学生気分から抜け出したというか、だんだん、まじめになってきたというか。本もよく読んで、視野も広がりました。

●独立のきっかけは『竜馬がゆく』

 このころ、司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』を読みました。まじめに、かなり影響を受けました。ソフトバンクの孫さんもこの本に影響を受けたっておっしゃっていますけれど、起業家には多いんですよ、この本というか、竜馬の熱烈なファンが。

 ベンチャー精神を刺激するのでしょうね。僕も20代で何かしたいと思うようになりました。会社からも評価されていたし、IBMのことも大好きでしたが、このままでいいのかなと。このまま行けば役員になれるかもしれないけれど、敷かれたレールの上を歩いているだけじゃないか。今になって思えば、それは大変誇らしい、素晴らしいことだと心から思います。が、当時は若気の至りで「60歳になって人生を振り返ったときに、自分の人生だったと言えるのだろうか」と思いまして。

 また、IBMには内緒でしたが、休みの日に副業でシステム設計やプログラミングをやっていまして、IBMからもらう給料より多かったんです。そっちの収入の方が。当時はスーパープラグラマーで、10人月ぐらいの仕事は1月でこなしていました。今ではその面影もありませんが(笑)。そんなこともあり、思い立ったら吉日キャラだった僕は、29歳でIBMを辞めて独立し、フレックス・ファームという会社を立ち上げました。

 ダイヤルQ2がブームになりはじめたころで、そのサーバやソフトウェアを開発する仕事を始めました。日の出の勢いで会社は成長、1年で月商1億円、1人で始めた会社が40人になったんです。ところがNTTのダイヤルQ2規制から歯車が狂いはじめ、資金繰りが厳しくなってきた。瀕死の状態が2、3年続きました。会社って資金ショートしてもすぐに潰れるわけじゃないんですよ。粘りさえあれば何とかなります。その辺のノウハウは実地でずいぶん学びました(笑)。

 結局、死地をさまよいながらも生き続けたフレックス・ファームは、2000年のベンチャーバブルのときによみがえりました。携帯コンテンツ変換エンジン、X-Servlet(クロス・サーブレット)という製品を世に出して注目を集めたんです。当時は本当にバブルでした。インテル、メリルリンチ、住友商事、三菱商事、光通信、ソフトバンクなどから30億円の出資が集まったんですよ。ただ、結果的にはそれが原因で会社から追い出されることになりました。

 僕は、規模は違いますが、ショーン・パーカーみたいな経験をしてるんです。30億円の資金調達後にも株主としてトップシェアを維持するために、自社株式を担保に銀行から3億円の借金をして自社株を購入しました。未公開株でしたが、当時、僕の保有している自社株式だけで30億円以上の担保価値があるとされていたんです。ところがバブルがはじけ、株式公開も困難になり、この担保価値がなくなった。フレックス・ファーム自体の経営が苦しくなったわけではありませんが、出資者の意向で、個人的に3億円の借金を抱えたまま、会社を辞めざるを得なくなったんです。2001年12月末のことでした。

 それからはつらく切ない期間が2年ほど続きました(笑)。銀行から借金返済で裁判を起こされ、粘りに粘ったあげくに敗訴、差し押さえ。結局、親や家族と住む自宅の競売まで経験しましたが、結果的にフレックス・ファーム株式の売却先が見つかり、すんでのところで自宅は維持できました。現在、フレックス・ファームは上場しているKSKの一事業部門となっています。X-Servletも売っていますよ(笑)。

 その年は2004年。ちょうどソーシャル・ネットワークのルーツFriendsterが注目を浴びはじめ、日本でもmixiやGREEがスタートした年です。フレックス・ファームの時から、ずっとオンラインコミュニティの開発運営をしていたこともあり、ソーシャルメディアの可能性に強く魅了されました。それから1年ほど事業化の準備を行い、今のループス・コミュニケーションズを立ちあげたのが2005年。ミッションは最初から“Social Media Dynamics”、ソーシャルメディアに特化したベンチャーとしての創業でした。

●心の平穏が大切

 いろいろな失敗経験を重ね、精神的に追いつめられた時期もありました。でも、失敗をしたとき、自分自身を振り返り、反省できれば、そこで生き方を修正できます。貴重な経験になるんです。逆に、自分が悪いわけじゃない、外部要因のせいだと思ってしまうと、自分だけしか信じられない、最終的にお金しか信じられない方向に行っちゃうんです。僕は失敗から学ぶことができた。だから再出発もできたし、紆余曲折がありながらも、いい方向へ向かって来れたのだと思います。

 若いころは拡大志向で名誉欲もあったけれど、それがそもそも失敗の素。もともと金銭欲は強くないこともあり、今は価値観がより精神的なものに移っています。今、僕の人生のプライオリティは心の幸せ。心の平穏が1番大切なことだと思います。世俗的な成功とは違うものを求めているんです。そしてループスの社員、お客様、関係する皆さまにも幸せになってほしい。

 つらいときには、本当に多くの本を読みました。読書でつらさから回避していたと言っても良いかもしれない。東西を問わず、名著といわれるものは片っ端から。特に影響を受けたのは、『老子』、『菜根譚』、『7つの習慣』、『人を動かす』など。『般若心経』にもはまりました(笑)。山岡荘八の『徳川家康』(文庫全26巻)など3回も通読しています。名著ですね。読むたびに得られるものが違います。

 僕は何ごとも徹底的にやる男です。だってほら、名前も“徹”ですから。名前って大事だと思います。生まれてからずっと、何回も書くでしょう。漢字の意味、親の思いが無意識に伝わってくる。いつの間にか、僕も名前の通り徹底的な男になりました。何事もチャレンジングにやってしまうダイナミックな人生を楽しんでいます。そもそも怖いとか不安に感じたりすることがあまりないんです。6人に1人の割合でリスクに対して疎い遺伝子を持っている人がいると何かで読んだことがあるんですけど、僕、絶対その1人です。

●斉藤徹氏 プロフィール

株式会社ループス・コミュニケーションズ代表取締役

ソーシャルメディア事例の調査や、マーケティング活用の秘訣を提案する「In the looop」は、ITmedia オルタナティブ・ブログ年間アクセス1位の人気ブログ。ブログの他にも、Facebook、Twitter、Ustreamなどでソーシャルに情報発信&コミュニケートを行う、ソーシャルメディアの第一人者。

トレードマークは、Tシャツ(真冬でも)

オルタナティブ・ブロガーインタビュー『オルタナティブな生き方』バックナンバー、オルタナティブ・ブログIn the looop
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